vtuberにはまってた記録

キズナアイ→シロ→輝夜月→げんげん→にじさんじの順でハマってた(@jp_dust)

Vtuber有識者会議感想文その1

有識者会議内で出たの言葉(違ってたらごめんなさい)


「見る見ないの基準、やるやらないの基準を曖昧にする(ハードルを下げる)バーチャルユーチューバー」


ここの見る、見ないの基準って点が「わかる~~」って思ったところでした。以下意見と感想です。


生声のゲーム実況は嫌い


生の人間の声が入っていると拒否感が出てきてしまう。ゲームの動画を再生して生声が入っていたとき、10秒くらいで閉じている。よほど気にいる声質でないと1つの配信を最後まで見ない。例えばポケモンの配信だとペリカンという人のしか見ない。もっと上手い人や面白い人がいるというのは知っているが、合わないのでこの人の配信だけ見ている。ちなみにゆっくり実況はとても好き。TASも好きだしRTAも好き。


○youtuberは嫌い


youtube動画配信業の人間が好きではなかった。ノリとかテンションが合わない。例えば大人気最大手のHIKAKIN知名度上がって有名人になってネットの中でアンチが少なくなった頃ようやく平気になった。突然するっと。サムネを見ても「HIKAKINか」みたいな。なぜだろう。今見ているyoutuberは一人だけなのでやっぱりyoutuberは苦手なのだろうけど。



☆私は人間の許容範囲がとても狭く、合わない点があるとほとんど見ないと言える。



クッキー☆は好き

「例のアレ」関連の話になるが、東方キャラクターのボイスドラマを作ろうという話があり、実際に有志の素人たちの参加により完成した。それはニコニコ動画に投稿された。ひどい棒読み、演技、テンポ、長さ、くだらなさ。キャラクターの声がイメージと違う。

様々な点でボロクソであった。「例のアレ」で散々におもちゃにされて、「声」という素材だけが残った。

その声とMMDや元々あったイラストを合わせて

キャラクターにされてしまった。根掘り葉掘りされ引き出された中身の素人の情報がそれらのキャラクターの要素になり、さらに勝手に動画に使われて様々な要素が付け加えられた。それらは「クッキー☆」と呼ばれ私は「クッキー☆」関連動画を楽しんで見ていた。(元ネタであるボイスドラマ本編を終わりまで見続けるのは内容がつまらないのでとても苦痛を感じる。MMDありならばギリギリ視聴可能)


なぜそんなひどい声質、音質の素人なのにもかかわらず嫌いにならず好き好んでいるのか。



☆キャラクター化した素人


よく、漫画やアニメ、ライトノベルの批評で「記号」化されたキャラクターは魅力がない、と語られる。

例えばヒロイン。金髪、ツンデレツインテール

ありふれ過ぎていて誰のことだかさっぱりわからないし興味も持てない。だから細かく設定するし、そのための描写を増やす。


クッキー☆の場合

根掘り葉掘りされた結果流出した個人情報や、おだてるような絡み方をされて引き出された性格や行動。なぜか自分で配信して素材を増やしてしまうこともあったりもした。


この様々な個人情報が設定と置き換えられる。それに演じた東方キャラクターの見た目が貼り付けられる。

細かい設定を感じられる「記号」だけではないキャラクターの完成である。なんと魅力的キャラクターだろうか。


綺麗な声や面白さではなくクソみたいな声、クソみたいな性格であろうとキャラクターの見た目になっただけでそれはユーモアやちょっとしたキャラ要素となり受け入れやすくなるのだ。私の場合明らかに人間に比べて基準が甘くなっていた。


youtuberの場合

私はyoutuber嫌いだったのにHIKAKINが嫌いではなくなった理由もそれにあると感じた。おそらく一回もHIKAKINの動画を最後まで見たことない。

しかし、HIKAKINってどんなの?と聞かれたときはこう答える。

「子供向けの動画を作ってて、子供を楽しませるために変な顔芸をする人」。サムネを見ると大金をぶん回してアホなことやっているようなのであまり子供に良いとは思えないが、それでもこう答えるだろう。

私の中でそういうものとして印象付けられてしまっているので、HIKAKINは人間であり、youtuberなのだが

それ以前にHIKAKINという存在になってしまったのである。稼いだ大金を使ってよくわからないことをするyoutuberではないのだ。他にも似たようなことをやっているyoutuberはいるのにHIKAKINだけ特別扱いをしてしまっているのである。偶像化とでもいうのだろうか。


ここで冒頭の「見る、見ないの基準を曖昧にするバーチャルユーチューバー」という文章に戻ってくる。


私の動画を視聴判断をする基準を自己分析した結果に照らし合わせる。

つまりvtuberを「人間として見なかったこと」で初めて視聴する際への拒否感と嫌悪感を薄めることができたのだと感じた。そしてその拒否感が薄いうちに面白さを感じたことで継続して視聴しているのだろう。HIKAKINの場合はその拒否感がなくなるまでとても長い期間がかかってしまったということだろう。あくまで私の場合ですよ。


そんなふわふわした基準を維持してて良いのだろうかと、自分でも思ってしまったし、人間に対してそんな厳しい基準でいいのだろうかとも思った。(だから人とのコミュニケーションに難があって無職なのだ!)



もう一つは流行についての話(一般化するまでのやつ)が面白かったのですがちょっともう長いのでここで切ります。つづく。つづき↓

https://nojobslife.hatenablog.com/entry/2018/05/04/221929